第11章 社会心理学
心理学概論
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11-1. 他者の存在がもたらす影響
11-1-1. レヴィンの公式
レヴィンの公式 $ B = f(P, E)
レヴィン(Kurt Lewin: 1890-1947)「行動は人と環境との関数」であると主張
行動(Behavior), 人(Person), 環境(Environment)
行為者自身に属する内的要因だけでなく、行為者を取り巻く外的要因も考慮に入れなければ十分な理解ができない
環境として重要なのは物理的環境よりも社会的環境
社会的動物(第6章 比較心理学)である人間にとって、他者の存在は行動、思考、感情に影響を与える
社会的影響: 人間が他者が存在する環境から受ける影響
社会心理学の初期の研究テーマ
11-1-2. 社会的促進と社会的抑制
社会的促進: 他者が存在することで個人の遂行成績が向上する現象
トリプレット(Norman Triprett: 1861-1934)が行った実験
社会心理学の初めての実証研究としてしばしば取り上げられる
他者の存在は個人の成績を促進する
単独よりも競争試行のほうでタイムが出たのは動機づけが上昇したためだと考えた
トリプレット以降も繰り返し確認された
人間以外の動物にも見られ、集団の中にいる働きアリは単独のときに比べて、巣作りのために3倍以上の砂を掘る(Chen, 1937)
他者(他個体)が同じ課題を共に行っている場合(共行為効果, 共行動効果)だけでなく、課題をしている状況を単に観察されているという場合でも社会的促進が生じる(観察者効果)ことが知られている
社会的抑制: 他者の存在が個人の遂行を抑制する現象
1960年代にそれまでの研究をまとめたザイアンス(Robert Zajonc: 1923-2008)によれば、慣れている作業や単純な課題など、普段から失敗が少ないことを行う場合は他者の存在によって遂行が促進されるが、慣れていない作業や難しい課題では遂行が抑制されるという(Zajonc, 1965)
この結論は約20年後に行われたメタ分析によっても支持されている(Bond & Titus, 1983)
11-1-3. 社会的手抜き
社会的手抜き: 集団全体で一つの課題を成し遂げる場合には、一人あたりの遂行量が低下する現象
一人で大声・拍手よりも集団で大声・拍手の方が一人あたりが生み出す音量は小さくなった(Latané, et al., 1979)
責任の分散: 複数の人によって課題が遂行されると一人一人の追うべき責任が小さくなる
リンゲルマン効果と呼ばれることもある。
フランスの農学者リンゲルマン(Maximilien Ringelman: 1861-1931)は20世紀初頭に集団作業時に一人あたりの作業量が減ることを報告している(Ringelmann, 1913)
課題遂行の成果が貢献度に応じてではなく全員に等分される場合、フリー・ライダーが生まれることから産業・組織心理学の分野でも注目されている(第12章 産業・組織心理学)
社会的補償: 課題の遂行がその人にとって重要なもので、一緒に遂行に当たる他者が信頼できない場合、他者の遂行の不足分を補うために、一人で課題を行う場合よりも努力量が増える現象
11-2. 多数派と権威者の影響
11-2-1. 多数派への同調
他者の影響はそれが集団の中で多数派であった場合、その影響力が増すことが知られている
アッシュ(Solomon Asch: 1907-1996)は2枚のカードから同じ線分の長さの線を選ぶという課題を実施(Asch, 1955)
単独では正答率99%以上という極めて簡単な問題だったのにもかかわらず、10人中9人がサクラの場合は約75%の参加者が少なくとも1回サクラと同様の誤答をした。
同調には情報的影響と規範的影響の2つが作用することが指摘されている
情報的影響: 正しい行動をする手がかりとして、他者の行動を参照することによって生じる影響
多くの人がとっている行動は正しいに違いないという信念
アッシュの実験はサクラの中に一人でも本物の実験参加者と同じ回答をする者がいると、情報的影響の力が低下するため同調率が激減する
規範的影響: 他者の行動を暗黙の規範とみなすことによって生じる影響
他者から拒絶されたくない(好ましく思ってほしい)という動機づけ
アッシュの実験は集団のメンバーが既知、親しい仲間同士(凝集性が高い集団)の場合には規範的影響の力は更に強まることが知られている
11-2-2. 少数者の影響と権威への服従
少数派であっても一貫して説得力のある異論を唱え続ける他者がいると、その言動が情報的影響をもたらす場合があることが明らかにされている(Moscovich et al., 1969)
少数者が何らかの点で特別な存在である場合、たった一名であっても強い影響力を持つことがある
ミルグラム(Stanley Milgram: 1933-1984)による「権威への服従」と呼ばれる実験(Milgram, 1974)
教師役(実験参加者)には生徒役(サクラ)に罰として電気ショックを与えさせると説明
https://gyazo.com/77d946b5563e1d919ea44f9f671f0efe
source: By Fred the Oyster, CC BY-SA 4.0
参加者には電気ショックの強さをイメージできるようになっている
375ボルトは「危険」、435ボルト以降は「☓☓☓」と書かれているだけでもはや想像がつかない
強度があがるにつれ生徒役は苦しみを訴えたり続行を拒否する声を上げたりするようになる
斜め後ろから実験者に監視されており、躊躇した場合には「続けてください」といった定型の促しが繰り返される
40名の参加者のうち62.5%の25名が最高強度まで与え続けた。
この結果は専門家の予測さえも裏切るものだった
11-3. 状況の力と原因の帰属
11-3-1. 状況の力の強大さ
状況の影響、他者の存在という社会的環境が想像を超える影響力を持つことを示している
ミルグラムの権威への服従で、状況次第では罪のない他者を死に至らしめてしまうかもしれない可能性
注: 近年、結果の再解釈もなされている(Haslam, et al., 2016)
盲目的に服従したのではなく自らの意思で電気ショックを流し続けた可能性
科学の前進という美しい目標を実験者とともに達成すべく積極的に実験に協力したのではないか
実験者は権威者ではなく仲間(内集団成員)であった可能性
権威への服従実験の基盤となっているのは、社会哲学者のアーレント(Hannah Arendt: 1906-1975)が『イェルサレムのアイヒマン』(Arendt, 1976)の中で紹介した「悪の陳腐さ」という概念
「邪悪な男たち」のほとんどは実際のところ上官の命令に従う平凡な人物にすぎず、アイヒマンもその一人に過ぎないと考察
権威への服従実験はアイヒマン実験と呼ばれることがある
11-3-2. 基本的な帰属のエラー
権威への服従実験以前は、ナチスやドイツ市民の行動は権威主義的パーソナリティによるものと説明されていた(Fromm, 1941)
強いものには従順、弱い者に高圧的、偏見や差別意識にとらわれやすいパーソナリティ傾向
民主主義的パーソナリティと対置される
F尺度(ファシズム尺度の略称): アドルノ(Adorno, 1950)が開発した権威主義的パーソナリティの程度を測定する尺度
なお、フロムが指摘したのは社会的性格と呼ばれるある集団の構成員の多くに共通するパーソナリティのことで、個人差のパーソナリティとは区別されなければならない
原因帰属(あるいは単に帰属): 出来事の原因をなにかに帰すること
社会的動物である人間にとって原因は大きな関心の的
基本的な帰属のエラー(Ross, 1977)
他者の行動の原因を推測する際、人間はその原因を外的要因に求める(外的帰属)よりも内的要因に求めやすい(内的帰属)
内的要因: 当事者のパーソナリティ、能力、糸、感情など人物の内側にある要因であり、レヴィンの公式のP
外的要因: 当事者を取り巻く外部の環境や状況、レヴィンの公式のE
基本的=国や文化を越え、かなり普遍的に見られる
ただし文化によって程度差はあり、包括的な思考様式を持つ東洋人は、分析的な思考様式をもつ西洋人に比べ、外的要因に目を向けやすいという指摘がある(Morris & Peng, 1994, →第13章 文化心理学)
11-3-3. 認知的倹約家としての人間
ギルバートによれば他者の行動の原因を推測する際、内的帰属と外的帰属は同時進行で行われる(Gilbert, Pelham, & Krull, 1988)
先行するのは内的帰属であり、この段階では認知資源はあまり必要とされない
それに続く外的帰属は認知資源を多く必要とする過程
内的帰属だけでは不十分だと判断された場合にはじめて、外的な要因を考慮した原因の帰属が行われる
つまり、労力や時間に余裕がない、相手が正確な対人認知をする必要がない場合には内的帰属の段階で原因帰属が終了してしまう
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